滋賀県彦根の英会話&空手教室 | ブラックベルトイングリッシュ

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講師プロフィール

ブラックベルトイングリッシュのメインインストラクター

2人について紹介します。

代表・師範:ロバート・ノット(アメリカ・ノースカロライナ出身)

 

1971年生まれ
フロリダ州立大学 大学院卒。
空手道歴40年、7段(教士)。

HELLO!ブラックベルトイングリッシュのロバート・ノットです。この場をお借りして、私の経歴を少しお話します。

私は、幼い頃から落ち着きが無く、小学校で集中できない私を見かねて、父親の勧めで6歳の頃より近所の空手教室に通いはじめました。

 

でも、自分にとって、大人相手に(ヘビーなコンタクトで)組み手をしたり、「相手を打ち負かす」事に重点を置いているスポーツ空手は苦痛の種でしかなく、挫折寸前になりました。でも、そんな時、引越しがきっかけで人生で最大の恩師に出会ったのです。

その先生の道場は、今までの『トロフィーを多く取り、多くの成績を残す事を目標に掲げた空手教室』とは全く違い、飾りひとつないとてもシンプルな場所でした。そして、傷ついていた私の事を温かく迎えてくださり、私の事を認め、自分のペースで成長する事を応援してくれました。いい加減な事をしていたら叱ってもくれました。それは私が13歳の頃、その頃からドンドン武道にはまって行きました。

私が高校生の頃に描いた将来の夢は『空手の先生になる事』でした。なぜならば、私は身体を動かす事が楽しかったし、武道がもたらす恩恵に深く感銘し、私の恩師の様に多くの人の人生に良い影響を与えたいと思ったからです。

しかし、大学卒業後の人生はそんなに甘くはありませんでした。21歳の頃(卒業後すぐ)自ら空手道場を始めたものの、運営が上手く行かず挫折。「大学院へ進すれば就職が有利になる。自分の余暇を使って空手を教えたらどうだ?」という両親の勧めで大学院へ進学。でも結局、大学院の単位も「より良い空手の先生になれる様な学科」を出来るだけ選りすぐり、卒業。そして、今まで憧れていた日本に訪れることを諦めきれず、大学院卒業後に念願の初来日。 某英会話学校の講師として、1年間の契約で滋賀県彦根市にて教え始めました。

 

この時、英会話学校で当時事務局の一員として勤務していた智恵と知り合い、人生のパートナーになったのです。

 

その後の10年間はアメリカに帰国し、小さな大学へ勤務しました。小さな大学を勤務地として選んだのは、色々な経験が出来るからです。

私のポジションは主に大学内の安全安否確認(警察/警備・司法)だったのですが、英文科・体育科等の講義もに勤務をする傍ら、趣味のロールプレイゲームのルールブックのブレーン及びエディティング(校正)、武道教本(5冊)の出版に携わりました。

そして今。今までの経験を全て盛り込み、武道家としての自分と教育者としての経験を集結させ、私はブラックベルトイングリッシュを創立し、毎日自分の夢を生きています。

 

シニア・アシスタント講師:ノット智恵(滋賀県彦根市出身)

1972年生まれ

アメリカ・カタゥバ大学卒(ビジネス専攻)

アメリカ・ユタ州 理・美容師

こんにちは。ブラックベルトイングリッシュのノット智恵です。表立っては、ロバートと共に教室へ出席をして講義を共にしていますが、裏では運営事務を預かっています。

私は生粋の彦根人です。地元の高校へ進学したのですが、高校2年生の頃進路で非常に困りました。なぜなら、「勉強が嫌いだから、大学には行きたくない。かといってまだ就職はしたくない。専門学校も、やりたい事が何もないから何を専門にすればいいのか分からない。」

そこで『手に職を付ける事・・英会話をマスターさえすれば、この先一人でも自由に生きていけるのではないか?』と思い立ち、地元の高校を卒業後、単身でアメリカへ渡りました。語学留学、専門学校、結婚時代を合わせるとアメリカ生活歴は合計で14年になります。

最初はユタ州にあるブリガムヤングユニバーシティーの語学学校に進学。でも、もともと勉強が嫌いだったので、座学中心の学校では成績は伸びなかったものの、外国人が集う語学学校内(第2言語同士)の会話には困らなくなっていました。しかし、学校から一歩外の世界に出るとネイティブとの折衝に大変困りました。先ず、スピードが違うし、相手の言う事がぼんやりしか分からない。

このレベルでは『手に職』には至らないので、現地の理・美容学校へ飛び込み入学。クラスメートの98%が高校卒業したてのアメリカ人の中で揉まれながら英語を覚える事に。美容学校で英語は『わかって当たり前』。学科・実技の授業共に英語でされるので非常に厳しかったのですが、机にかじりついて勉強するのが苦手な私にとっては、言葉や教科書のみならず実技で示される授業は、最高の学習環境になりました。そうして学習を続けるうちに、教科書の内容も身に付いて来て理美容師州立免許にも合格。折角アメリカで免許を修得したのだから、自分の可能性を試すためにも地元で就職。ネイティブのお客さんを相手に美容師として1年間活躍しました。

その後、日本に帰国し、就職。そして勤務先でロバートと出会う事になったのですが。。。アメリカに住んでいた頃は、ロバート(夫)の昇進の度に転居・転職を余儀なくされました。結婚当初の6年間で10回の引っ越しです!

でもそのお陰で、レストランでのウェイトレスから、製造業(通訳・翻訳)・保険・金融業までありとあらゆる職種を(第二言語である英語で)経験する事が出来ました。又、昼間は金融機関にて仕事をする傍ら夜4年生大学に通い、アメリカ・ノースカロライナ州のCatawba大学を主席で卒業しました。

私のブラックベルトイングリッシュでの役目は、地元の方々とロバートを結ぶ橋の様な感じです。

ネイティブの講師の補助として『ひらがなしか発音出来ない顔の筋肉を使って、

どのようにネイティブに近い英語の発音をするか』など、

英語が(かつて)全く話せなかった日本人だからこそ出来る助言もします。

生徒の中では、『まさに裏口入学的な英会話だ!(笑)』と断言する人もいる程です!

​ロバート19歳ハワイ州ロアカレッジにて

​智恵19歳ユタ州美容師専門学校にて